連載「退職金の受け取り方を考える」の番外編です。今回は、受け取り方を決めた後に、まとまった退職金をどう扱うかを考えます。
退職金が振り込まれると、預金残高は一気に増えます。長年働いてきた自分へのご褒美として使いたくなったり、老後に備えて運用しなければと思ったりするかもしれません。金融機関から、退職者向けの商品を案内されることもあります。
しかし、退職金は突然手に入った余裕資金ではありません。
これからの生活を支える大切なお金です。まとまった金額だからこそ、使うにしても、返済するにしても、投資するにしても、急いで動かさないことが大切だと思います。
退職金は、三つのお金に分けて考える
退職金を受け取ったからといって、その全額を投資に回せるわけではありません。
最初に、次の三つに分けて考えると整理しやすくなります。
| お金の役割 | 主な用途 | 基本的な考え方 |
|---|---|---|
| 近い将来に使うお金 | 住宅修繕、車、旅行、子どもへの支援など | 使う時期が近いため、値動きの大きな商品を避ける |
| 生活を守るお金 | 日常生活費、医療・介護、緊急時の予備資金 | すぐに使える預貯金などで確保する |
| 当面使う予定のないお金 | 長期の資産運用に回せる資金 | 目的、期間、リスク許容度を確認して運用を考える |
近い将来に使うお金や、生活を守るお金まで投資に回すと、必要になったときに相場が下がっているかもしれません。

基本的に投資を考えられるのは、この二つを確保した後に残る、当面使う予定のないお金です。
借入金は、金利と手元資金を見て整理する
退職金を受け取ったとき、借入金がある方は返済についても確認したいところです。
住宅ローン、自動車ローン、教育ローンなどの借入金には利息がかかります。特に金利の高い借入れがあれば、投資よりも返済を優先することで、確実に将来の利息負担を減らせます。
ただし、借入金があるからといって、退職金のほとんどを一括返済すればよいとは限りません。
返済後の預貯金が少なくなれば、病気、介護、住宅修繕などで急にお金が必要になったときに困ります。住宅ローンでは、適用金利、団体信用生命保険、住宅ローン控除の残り期間、繰上返済の条件なども確認が必要です。

まず生活を守るお金を残す。そのうえで、金利の高い借入金から返済を検討する。この順番で考えると、老後の安心を損なわずに負担を減らしやすくなります。
退職金で起こりやすい二つの失敗
退職金を受け取った後に注意したいのが、使い過ぎと、投資のし過ぎです。
一つ目は、長年働いたご褒美として、必要以上に大きなお金を使ってしまうことです。
住宅のリフォームや車の買い替えが悪いわけではありません。旅行や趣味に使うことも、人生を豊かにします。問題は、これから必要になる生活費を確認しないまま、過度な支出をしてしまうことです。
二つ目は、「老後資金を増やさなければ」と焦り、経験の浅い投資へ大きなお金を入れてしまうことです。

これまで少額で続けてきた投資を、家計に無理のない範囲で広げるのと、退職金を受け取って初めて投資を始めるのとでは、負うリスクが違います。
退職後は、運用で損失が出ても、現役時代のように給与から補うことが難しくなります。投資経験が少ない方ほど、退職金を一度に動かさない方が安心です。
金融機関の「退職者向けプラン」は、金利だけで判断しない
退職金の入金後、金融機関から退職者向けの商品や特別プランを案内されることがあります。
たとえば、優遇金利の定期預金と投資信託を組み合わせた商品です。定期預金だけを見ると金利が高く魅力的に見えても、同時に購入する投資信託には購入時手数料や運用中の信託報酬がかかる場合があります。
大切なのは、「優遇」という言葉だけで判断せず、セット全体でいくらの費用がかかり、どのようなリスクを負うのかを確認することです。
- 優遇金利が適用される金額と期間
- 投資信託などの購入時手数料と運用中の費用
- 元本割れの可能性
- 中途解約や換金の条件
- 自分が理解できる仕組みか
- 自分の目的に合っているか

金融機関から提案された商品が、すべて悪いわけではありません。ただし、退職金を受け取った直後に、その場で契約する必要もありません。
一度持ち帰り、家族と話し合い、必要であれば販売する立場ではない第三者にも相談してから判断することが大切です。
投資判断は、年齢だけで決まらない
一般に、年齢が上がるほどリスクを抑えた方がよいと言われます。しかし、年齢だけで投資の可否や運用割合を決めることはできません。
同じ65歳でも、公的年金とその他の収入で生活費を十分に賄える方と、退職金を毎月取り崩して生活する方では、取れるリスクが異なります。若くても、近い将来に使う予定のお金であれば、大きなリスクは取れません。
見るべきなのは、年齢だけではなく、家計全体のリスク許容度です。
- 毎月の生活費はいくらか
- 公的年金やその他の収入はいくらあるか
- 今後、大きな支出はいつ発生するか
- 生活を守る現金をいくら確保できているか
- 投資額が大きく下がっても、生活に支障はないか
- 値下がりしたときに、慌てて売らずに保有を続けられるか
たとえば、2,000万円を株式など値動きの大きな資産を中心に投資し、20%下落すれば、評価額は400万円減ります。さらに、大きな市場混乱によって50%下落すれば、減少額は1,000万円です。

「20%や50%下がる可能性がある」と割合だけで考えるのではなく、「400万円、1,000万円減っても、生活を変えずに持ち続けられるか」と金額で考えることが大切です。その方が、自分の許容度を実感しやすくなります。
一括投資を急がず、時間と資産を分散する
退職金を一度に投資することが、常に不利とは限りません。投資後に相場が上がれば、一括投資の方が高い成果になることもあります。
ただし、退職金は金額が大きいため、投資する時期によって、その後の値動きの影響も大きくなります。
特に投資経験が少ない方は、時間を分けて投資する、複数の商品や資産へ分散する、最初は少額から始めるといった方法も考えられます。
投資には、「一つのかごにすべての卵を盛るな」という格言があります。一つの投資先に資金を集中させ、その投資先に問題が起きれば、資産全体が大きな影響を受けるためです。
そのため、投資はポートフォリオで管理することが大切です。退職金だけを切り離して考えるのではなく、現預金、株式、投資信託、債券、不動産など、すでに持っている資産も含めて全体の配分を確認します。投資先の地域や通貨、投資する時期を分けることも、リスクの集中を避ける方法です。
ただし、商品数を増やせば分散になるとは限りません。複数の投資信託を持っていても、中身が同じ国や同じ業種の株式に偏っていれば、実質的には集中投資になっていることがあります。何本の商品を持っているかではなく、どのような値動きの資産に、どれくらい配分しているかを見ることが大切です。
分散投資をしても損失を完全になくすことはできませんが、一つの投資先に資金を集中させるより、資産全体の値動きを抑える効果が期待できます。

NISAの非課税枠を早く埋めることや、預金のままではもったいないという焦りを、投資の目的にしないことです。
しばらく預貯金に置いたまま考えても構いません。分からない商品へ急いで投資するより、何もしない期間を持つ方が、結果として資産を守ることもあります。
不動産と金融商品の運用で実感した、投資目的の大切さ
こうした判断の土台になるのが、「このお金を何のために使うのか」という目的です。
私は、老後の収入源を準備することを目的に不動産投資を始め、約20年にわたって賃貸経営を続けてきました。その一方で、株式、投資信託、債券などの金融商品にも投資してきました。
不動産も金融商品も、それぞれ異なるリスクがあり、誰にでも同じ投資方法が適しているわけではありません。
不動産には、物件選び、資金調達、空室、修繕、金利、売却など、実際に所有して初めて分かることが数多くあります。株式や投資信託、債券にも、価格変動、金利、信用など、それぞれ確認すべきリスクがあります。

投資対象は違っても、大切な点は共通しています。
値上がりしたら売却したいのか。老後の定期収入にしたいのか。将来、家族へ残したいのか。目的によって、選ぶ商品や運用期間、取れるリスクは変わります。
退職金に限らず、「何に投資するか」より先に、「何のために投資するのか」を決めることが出発点になります。
増やす計画と一緒に、使う計画も考える
退職金の目的は、残高をできるだけ大きくすることだけではありません。
これからの生活を支え、自分や家族が有意義な人生を送るためのお金です。
投資をするのであれば、何に投資するかだけでなく、いつから、いくらずつ取り崩すのかも考えておきたいところです。

運用して増やすお金。生活を守るために残すお金。旅行、趣味、家族との時間など、今だからこそ価値を引き出せることに使うお金。
この三つのバランスは、人によって違います。
最も高い利回りを目指すことより、自分が安心して続けられ、必要なときに使える形に整えることが大切です。
まとめ:商品を選ぶ前に、退職金の役割を決める
退職金を受け取っても、すぐに投資先を決める必要はありません。
まず、今後の使い道と生活費を確認する。生活を守るお金を残す。借入金があれば、金利と手元資金を見ながら返済を検討する。その後に残った、当面使う予定のないお金で資産運用を考える。
この順番が大切です。
退職金を増やすこと自体が目的ではありません。投資は、これからの生活を支えるための手段の一つです。
私は、不動産賃貸業と金融商品の運用を続ける中で、投資には知識だけでなく、学びながら長く管理し続ける姿勢が必要だと感じてきました。だからこそ、まとまったお金ほど、焦って動かしてはいけないと思います。

受け取り方を決めた後は、退職金を何のために使うのかを、家計と将来の生活から考えてみてください。
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参考資料
※本記事は、退職金と資産運用について一般的な考え方を整理したものです。実際に適した方法は、退職後の収入、支出、資産、借入金、家族構成、運用経験、リスク許容度などによって異なります。投資商品には元本割れの可能性があります。個別の商品を選ぶ際は、商品内容や費用、リスクを十分に確認してください。