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8カ月連続のプラスを、まず前向きに受け止めたい

2026年10月8日の日本経済新聞に、実質賃金が8カ月連続で増えたという記事が載りました。

厚生労働省が10月7日に発表した毎月勤労統計調査の8月分速報によると、従業員5人以上の事業所における実質賃金は、前年同月比1.5%増でした。1月から8カ月続けて前年を上回っています。日経によれば、8カ月連続のプラスは約9年半ぶりです。

2026年1月から8月まで、各月の実質賃金が前年同月比プラスとなったことを示す図
2026年1~8月は、各月とも前年の同じ月を上回りました。

まずは、素直に喜ばしい変化として受け止めたいところです。長い間、給料が増えても物価上昇に追いつかず、暮らしの余裕につながりにくい状況が続いてきました。賃金の伸びが物価の伸びを上回る月が続いていることは、前向きな材料です。

経済を長く支えるには、国内でお金が使われること、つまり内需の広がりが欠かせません。企業の利益が増えても、働く人の収入が増えず、家計が買い物やサービスの利用を控えたままでは、好循環は広がりません。

ただし、今回の改善には政府の物価抑制策も寄与しています。喜ばしい数字が出たからこそ、何が改善を支え、これから何が必要なのかを分けて見ておきたいところです。

実質賃金の改善には、賃上げと物価抑制の両方がある

実質賃金は、簡単に言えば、給料で買える物やサービスの量を表す指標です。額面の給料が増えても、それ以上に物価が上がれば、買える量は減ります。反対に、給料の伸びが物価の伸びを上回れば、購買力は改善します。

8月の主な数字は、次のとおりです。

所定内給与の賃上げと電気ガス料金への支援が実質賃金の改善を支える図
所定内給与は、基本給や手当を含み、残業代や賞与を除きます。
指標2026年8月の結果
現金給与総額31万1,364円、前年同月比3.8%増
所定内給与27万7,861円、前年同月比3.8%増
実質賃金の計算に用いる消費者物価指数前年同月比2.2%上昇
実質賃金前年同月比1.5%増

現金給与総額は、税金や社会保険料を差し引く前の給与です。所定内給与には基本給や職務手当、家族手当などが含まれ、残業代や賞与は含まれません。ここでは、物価指数として「持家の帰属家賃を除く総合」を使っています。

今回、心強いのは、賞与などの一時的な支払いだけでなく、所定内給与も伸びていることです。日経は、2025年度の最低賃金引き上げや2026年春闘の賃上げが反映されていると説明しています。

もう一つの要因が、政府の物価抑制策です。新聞によると、7~9月使用分の電気・ガス料金への補助が8月検針分から反映され、8月の電気代は前年同月比2.4%、都市ガス代は0.8%下がりました。ガソリンへの支援もあり、エネルギー価格全体では0.7%の下落となっています。

つまり、給料が上がったことに加え、生活費の一部が政策によって抑えられたことが、実質賃金の改善を支えています。

電気代やガス代への補助は、家計の負担を軽くする支えになります。その支援が終わった後も購買力の改善を続けるには、物価上昇に負けない賃上げが必要です。

8カ月連続プラスは、前年の同じ月との比較です。これから注目したいのは、この改善が続き、長く低下してきた購買力を取り戻せるかという点です。

支援が終わる秋以降も、改善を続けられるか

日経が挙げている懸念は、秋以降の物価です。

電気・ガス料金の今回の補助は9月使用分までで、終了後は家計の負担が増える可能性があります。中東情勢を受けた原油価格の上昇が、時間差を伴って電気代やガス代に反映されることも懸念されています。

秋以降の支援終了、食品とエネルギーの値上げ、機器価格の上昇に注意する図
支援の終了や原材料高は、家計の負担を増やす要因になります。

食品の値上げも続いています。帝国データバンクの主要食品メーカー195社を対象とした調査では、10月に値上げする飲食料品は3,153品目でした。新聞では、AI需要の拡大による半導体メモリー価格の上昇や、スマートフォン・パソコンの値上がりにも触れています。

原材料やエネルギー、物流などのコスト上昇が価格へ転嫁されても、家計の収入が追いつかなければ、買える物やサービスは減ってしまいます。物価が上がること自体と、経済の好循環が進むことは、同じではありません。

収入が伸びる見通しを持てなければ、家計はお金を使うことに慎重になります。消費が伸びなければ、企業も国内で事業を広げることに慎重になる。その循環を変えるには、賃上げが一度だけでなく、継続することが重要です。

せっかく改善が続いている今、その流れを途切れさせないでほしい。企業の賃上げと、国の環境づくりに期待したい理由は、ここにあります。

過去には、企業の資金が国内投資へ十分に回らなかった

賃上げを求めると、「中小企業には余裕がない」という声が上がります。実際に、原材料費や人件費の上昇を価格へ転嫁できず、厳しい状況で事業を続けている企業もあります。企業ごとの事情を無視して、同じように賃上げを求めることはできません。

一方で、企業の資金が、国内の設備投資や働く人の賃金へ十分に回ってきたのかという問題は、別に考える必要があります。

バブル崩壊や金融危機を経験した企業が、借入金の返済や財務の安全性を重視するようになった背景は理解できます。倒産してしまえば、雇用も取引先も守れません。しかし、長い期間、成長への投資よりも守りを優先する姿勢が続けば、国内の需要や働く人の所得は伸びにくくなります。

この点について、クレディ・アグリコル証券のチーフエコノミスト、会田卓司氏は、2026年に公表された解説で、企業の貯蓄超過と国内設備投資の動きから説明しています。バブル崩壊や1997~1998年の金融危機を経て、企業がコスト削減と債務返済を優先し、国内の賃金や投資への支出を抑えるようになった。その結果、企業部門が貯蓄超過となり、その状態が長く続いたという見方です。

過去の守り優先の時代に、企業の貯蓄が国内投資を上回った状態を示すイメージ
企業部門全体で、投資より貯蓄が多い状態を示しています。

貯蓄超過とは、企業部門全体で、投資より貯蓄が多い状態です。問われるのは、企業が得た資金を、国内の成長や働く人の所得へ十分に回してきたかという点です。

会田氏が問題視しているのは、企業が国内で支出や投資を抑えれば、経済全体の需要も弱くなることです。企業の貯蓄超過が長く続いたことを、日本経済の長期停滞の重要な要因と捉えています。

今は動き始めている。この流れを続けてほしい

こうした過去の停滞から、今は変化が始まっています。

賃上げは実際に進んでいます。記事73でも紹介したように、設備投資も増え、企業の利益が投資や賃金へ回り始めています。今回の所定内給与の伸びも、その変化を前向きに受け止める材料です。

現在動き始めている設備投資、技術や工場、賃上げ、官民連携を示す図
設備投資と賃上げを続け、国内の需要へつなげることが課題です。

会田氏も、国内の設備投資に変化が表れてきたと説明しています。Finaseeの2026年4月の解説では、バブル崩壊後、長く上限のようになっていた国内設備投資のGDPに占める割合が、18%の水準まで上がってきたとしています。投資が先に動き、その後に賃金などの支出が続けば、企業の貯蓄超過も縮小するという見通しです。過去の停滞を指摘するだけでなく、今の変化を継続的な成長へつなげることに期待しています。

企業に求められること

設備や技術、人材に投資すれば、より良い商品やサービスを生み出したり、少ない負担で仕事を進めたりする可能性が広がります。その成果を賃金へ還元すれば、家計が安心してお金を使えるようになり、企業の売上を支える力にもなります。

その循環をつくるには、将来の収益につながる投資を選び、得られた成果を働く人へ還元する企業の判断が必要です。収益や資金に余力のある企業には、国内事業の成長と働く人の所得に向けて、継続してお金を使ってほしいところです。

国に求められること

国にも役割があります。企業に「将来を信じて投資してほしい」と求めるなら、需要の見通しを持てる環境や、長期的な投資を進めやすい制度を整える必要があります。人材育成、研究開発、インフラ、取引先との適切な価格転嫁など、企業一社だけでは解決しにくい課題もあります。

企業の投資が十分に広がるまでは、国が公共投資などの支出で需要を支える必要があります。会田氏も、2026年6月の日本成長戦略会議に提出した資料で、需要が十分に強まるまで、積極財政や官民連携の戦略投資によって経済の拡大を支える方針を示しています。仕事や所得につながる需要を保ち、企業が「投資しても売れる」と見通せる環境をつくることが、民間投資の後押しになります。回復が始まったところで支えを急に引くのではなく、企業の投資と賃上げが継続する流れへつなげていくことが大切です。

首相の所信表明でも、AI・半導体やエネルギーなどへの官民連携の投資と、物価高に負けない賃上げを進める方向が示されました。ただ、方針が示されたことと、実際に投資が増え、家計へ成果が届くことは別です。予算や制度、その後の実績を確認していく必要があります。

家計への支援は、企業の投資や賃上げの効果が広がるまでの負担を和らげる役割を持ちます。会田氏の提出資料でも、実質賃金が上昇するまでの家計の負担を、消費税率の引き下げなどの財政政策で軽減する考え方が示されています。財源や物価への影響も見ながら、支援を継続的な所得の改善へどうつなげるかが大切です。

国は投資しやすい環境を整え、企業は成長と賃上げへお金を回す。動き始めた今こそ、その両方を続けてほしいところです。

平均の改善と、自分の家計は分けて確認する

実質賃金は、調査対象となった労働者の、税金や社会保険料を差し引く前の給与を基にした平均です。実際の手取りの増え方は、勤め先や働き方、家族構成などによって異なります。

ニュースの実質賃金と物価の平均を、自分の手取りと生活費の確認と分ける図
給与明細と家計簿を照らし合わせると、負担の変化が分かります。

年金で暮らしている方や自営業の方も、それぞれの収入と生活費の変化から家計の状況を確認する必要があります。

給与明細では額面だけでなく手取りを見て、家計では食費や光熱費などの支出と比べます。全国の物価指数が落ち着いていても、自分の家計で負担の大きい費目が値上がりしていれば、暮らしの実感は異なります。

見直す際も、生活に必要な食費を無理に削ることから始める必要はありません。使っていない契約や、内容が重複する保険、通信費など、継続して出ていく固定費を先に点検する方法があります。

ただし、家計が節約するだけで、経済全体の所得不足を解決できるわけではありません。生活を守るための家計管理と、収入が増える経済をつくることは、分けて考える必要があります。

まとめ:改善の始まりを、継続する力へ

実質賃金の8カ月連続プラスは、前向きに受け止めたいニュースです。所定内給与も伸びており、賃上げが家計へ届き始めています。

企業投資、賃上げ、家計消費、企業活動をつなげて改善を継続する好循環の図
投資の成果を賃金へ還元することが、好循環を支えます。

一方、今回の改善には政府の物価抑制策も寄与しており、支援終了後のエネルギー価格や食品の値上げには注意が必要です。

長い間、日本では企業の財務の安全性が重視され、収益の増加が国内投資や賃上げへ十分に回りにくい状況が続きました。しかし、今は変化が始まっています。その改善を認めたうえで、ここで終わらせないでほしいと考えます。

企業の投資と賃上げが続き、家計が将来への見通しを持ち、消費が次の企業活動を支える。その循環を定着させることが、今回の明るい数字を持続的な改善へつなげるカギです。

※本記事は一般的な情報提供を目的としています。統計・報道・政策の内容は2026年10月時点で、速報値は今後改訂される場合があります。統計上の平均と個々の家計の状況は異なります。特定の政党への支持・不支持を表明するものではありません。

参考資料