ブログ一覧へ戻る

連載「退職金の受け取り方を考える」では、一時金と年金の違い、退職所得控除を超えた場合の考え方、企業型DCやiDeCoとの組み合わせなどを取り上げてきました。

第5回となる今回は、本編の最終回です。これまでとは少し違う角度から、企業年金の受取時期を考えてみます。

第3回では、60歳から64歳までは再雇用の給与で生活し、収入が下がる65歳から企業年金を受け取るモデルを試算しました。

これは、現役時代から老後までの収入をできるだけ均等にし、生活を安定させる考え方です。実際にも、このような受け取り方を選ぶ方は多いと思います。

しかし、受取時期を変えると、税金や社会保険料の結果も変わります。

今回は、60歳から64歳まで社会保険に加入して働きながら、同じ期間に企業年金を受け取るケースを試算します。

この方法を勧めるものではありません。条件によっては、このような選択肢もあるというモデルケースとしてご覧ください。

第3回は、生活の安定を優先したモデル

第3回の記事では、退職所得控除を超えた500万円を65歳まで据え置き、65歳から10年間の企業年金として受け取るケースを取り上げました。

65歳以降は、公的年金に企業年金が上乗せされます。企業年金が毎年の所得になることで、税金だけでなく、国民健康保険料や介護保険料などにも影響しました。

その結果、第3回のモデルでは、企業年金の額面総額が増えても、全額を一時金で受け取る方が約68万円多く残りました。

ただし、これは65歳以降に公的年金と企業年金を重ねて受け取る条件での結果です。「企業年金は一時金が必ず有利」という意味ではありません。

60歳から64歳は再雇用給与、65歳から公的年金と企業年金を受け取る第3回のモデル
収入が下がる時期に合わせて、企業年金を後ろへ置いた形です。

詳しい試算は、第3回の記事「退職所得控除を超えたらどうする? 一時金と年金、どちらが得か」で紹介しています。

今回は、税金と社会保険料に絞って比較する

今回は、同じ500万円を、公的年金が始まる前の60歳から64歳までに企業年金として受け取ります。

項目 条件
60歳で定年、勤続35年
57歳、就労収入なし
再雇用 60歳から64歳まで、給与年300万円
社会保険 再雇用先の健康保険・厚生年金に継続加入
公的年金 65歳まで受け取らない
退職金 2,350万円
退職所得控除 1,850万円
控除を超える金額 500万円
企業年金 60歳から64歳までの5年間で受け取る
年金換算率 年2%と仮定
居住地 福岡市

この方法を選べるのは、65歳まで継続して働き、勤務先の健康保険と厚生年金に加入し、勤務先の制度上、企業年金を60歳から受け取れる方です。

誰にでも当てはまる方法ではありません。

夫60歳、妻57歳、退職金2350万円、再雇用給与年300万円など今回の試算条件
勤務先の健康保険に加入し続けることが、この試算の前提です。

働いている間は、企業年金で社会保険料が増えない

確定給付企業年金などを年金形式で受け取ると、税制上は公的年金等に係る雑所得として扱われます。

65歳未満で、公的年金等に係る雑所得以外の所得が1,000万円以下の場合、公的年金等控除の最低額は年60万円です。公的年金をまだ受け取っていない60歳から64歳までなら、この控除を企業年金に使える余地があります。

給与所得と公的年金等の雑所得の両方がある場合には、一定の所得金額調整控除が適用されることもあります。

また、再雇用先の健康保険と厚生年金に加入している間は、保険料は原則として給与と賞与を基に決まります。企業年金を受け取ったことだけで、在職中の健康保険料や厚生年金保険料が増える仕組みではありません。

65歳以降に国民健康保険へ加入し、公的年金に企業年金を上乗せする第3回のモデルとは、ここが大きく異なります。

在職中の健康保険料と厚生年金保険料は企業年金ではなく給与と賞与を基に決まることを示す図
在職中の社会保険料は、企業年金を受け取ったことだけでは増えません。

居住地は第3回と同じ福岡市ですが、今回は在職中の健康保険・厚生年金を継続するため、国民健康保険料の自治体差は比較に影響しません。

控除を超えた500万円を5年間で受け取ると

第3回と同じく、企業年金の換算率を年2%と仮定します。

退職所得控除を超えた500万円を一時金で受け取る場合、原則として、その2分の1に当たる250万円が課税退職所得になります。

所得税、復興特別所得税、住民税を合わせた税額は、概算で約40万6,000円。手取りは約459万4,000円です。

一方、500万円を60歳から64歳までの5年間の企業年金にすると、受取総額は約530万4,000円、年額は約106万1,000円になります。

公的年金等控除と所得金額調整控除を考慮した5年間の追加税額は概算で約27万3,000円となり、手取りは約503万1,000円です。在職中の社会保険料は、どちらの方法でも変わらない前提としています。

受取方法 額面総額 税金・追加負担 比較上の手取り
一時金 500万円 約40万6,000円 約459万4,000円
60~64歳の企業年金 約530万4,000円 約27万3,000円 約503万1,000円

今回のモデルでは、企業年金として受け取る方が約43万7,000円多く残りました。

控除を超えた500万円を一時金と60歳から64歳の企業年金で受け取る手取り比較
額面の差は約30万円。そこに税負担の差が加わって開きます。

同じ500万円でも、65歳以降に受け取った第3回は一時金が有利になり、60歳から64歳までに受け取った今回は企業年金が有利になりました。

つまり、一時金か年金かだけでなく、「いつ受け取るか」でも結果は変わります。

合計300万円は、一つの目安にすぎない

65歳未満の公的年金等控除は最低年60万円です。60歳から64歳まで年60万円ずつ受け取ると、5年間で合計300万円になります。

ただし、300万円を超えたら、すぐに一時金が有利になるわけではありません。

今回の企業年金は、5年間の額面総額が約530万4,000円です。ここから公的年金等控除を5年間で合計300万円、所得金額調整控除を合計50万円使うため、課税対象は約180万円にとどまります。

企業年金の年額が60万円を超えても、受取額の全体に税金がかかるわけではありません。このモデルでは、課税対象となる部分に所得税5%(別途、復興特別所得税)と住民税10%を基本として計算するため、追加税額は約27万3,000円となりました。

一方、一時金は、退職所得控除を超えた500万円の2分の1に当たる250万円が課税退職所得となり、税額は約40万6,000円です。そのため、300万円を超える企業年金でも、今回の条件では一時金より多く残りました。

合計300万円は公的年金等控除から見た一つの目安であり超えても比較が必要なことを示す図
控除の枠から逆算した数字であって、損益分岐点ではありません。

300万円は、公的年金等控除から考えた分かりやすい目安です。実際には、一時金にかかる税金と、企業年金によって増える税金・社会保険料を比較して判断します。

条件が合う人だけの選択肢

今回の結果が当てはまるためには、次の条件を確認する必要があります。

  • 60歳から64歳まで社会保険に加入して働く
  • 公的年金をまだ受け取っていない
  • 勤務先の制度上、企業年金を60歳から受け取れる
  • 一時金と年金を組み合わせられる
  • 5年などの短い受取期間を選べる
  • 企業年金の年額、受取期間、換算率を確認できる
60歳から64歳まで働くことや社会保険加入など企業年金を在職中に受け取る条件
勤務先の制度を含め、条件がそろう方だけが検討できる選択肢です。

勤務先の制度によっては、継続雇用中に企業年金を受け取れない場合があります。

また、短時間勤務などで勤務先の社会保険から外れ、国民健康保険へ加入する場合には、企業年金が保険料へ影響する可能性があります。給与額や家族構成、利用できる控除によっても結果は変わります。

今回の方法は、条件が合う方が検討できる選択肢の一つです。すべての方に同じ結果が当てはまるわけではありません。

手取りが最も多い方法が、人生の正解とは限らない

これまでご相談を受けてきた方には、60歳を過ぎたらフルタイムで働き続けるのではなく、働く時間を減らし、これまでの貯蓄を活用しながら生活したいという方が多くいらっしゃいました。

そのような方に、税金や社会保険料を減らすためだけに、望まない働き方を続けることを勧めるつもりはありません。

60歳以降は自由な時間を増やしたい。体力に合わせて仕事を減らしたい。65歳以降の生活費を安定させるため、企業年金を後から受け取りたい。

どれも、十分に合理的な選択です。

手取りだけでなく自由な時間や暮らしを考えて自分に合う選択をする夫婦
手取りが最も多い方法と、自分に合う暮らしは必ずしも同じではありません。

私自身も、企業年金を公的年金が始まるまでの生活費として考えました。一時金と年金の細かな損得だけを追うのではなく、退職後の働き方と毎月の生活費を考え、必要な時期に受け取ることを優先しました。

税金や社会保険料の損得は、大切な判断材料です。しかし、最も手取りが多い方法と、自分が幸せを感じられる生活は、必ずしも同じではありません。

受け取り方を決める前に

企業年金の受け取り方を決める前に、次の内容を整理してみてください。

  • 60歳以降、何歳まで、どのくらい働きたいか
  • 再雇用後の給与と社会保険の加入状況
  • 公的年金の見込額と受給開始時期
  • 企業年金の年額、受取期間、換算率
  • 一時金と年金を組み合わせられるか
  • 65歳までと65歳以降の生活費
  • 手取りと生活の安定のどちらを優先したいか
企業年金の受け取り方を決める前に働き方や年金額、生活費などを整理する図
受取方法を決める前に、働き方と65歳前後の家計を整理します。

会社から提示された受取総額だけではなく、退職後の家計全体に当てはめて考えることが大切です。

まとめ:損得を知ったうえで、自分の生活に合う方法を選ぶ

第3回は、生活の安定を考え、65歳から企業年金を受け取るモデルを取り上げました。その条件では、全額一時金の方が多く残りました。

今回は、税金と社会保険料に絞り、60歳から64歳まで社会保険に加入して働きながら企業年金を受け取るモデルを試算しました。この条件では、企業年金の方が多く残りました。

条件が変われば、結論も変わります。

大切なのは、損得を知らずに選ぶことでも、損得だけで選ぶことでもありません。

いつ受け取るのか。何歳まで、どのように働くのか。65歳以降の生活費をどう準備するのか。複数の選択肢を理解したうえで、自分が望む生活に合う方法を選ぶことです。

退職金や企業年金は、税金を最小限にするためだけのお金ではありません。これからの人生を、自分らしく安心して暮らすためのお金です。

損得を理解したうえで自分の生活に合う企業年金の受け取り方を選ぶまとめ図
制度の有利不利は判断材料の一つ。決め手は、これからの暮らし方です。

今回で、退職金の受け取り方を考える本編は一区切りとします。制度上の有利不利を知りながらも、最後は自分と家族の生活を基準に判断していただきたいと思います。

次回は番外編として、「退職金を投資に回す前に」を取り上げます。まとまったお金が入った直後だからこそ、確認しておきたいことがあります。

次の記事:
退職金が入ったら、すぐ投資していい?まとまったお金の活かし方

前の記事:
退職金とiDeCo、まとめて考えないと控除で損をすることがある

参考資料

※今回の試算は、2026年の税制、夫60歳・妻57歳、再雇用給与年300万円、妻の就労収入なしなど、一定の条件を置いたモデルケースです。実際の税額、社会保険料、企業年金の受取条件や換算率は、勤務先、所得、家族構成、居住自治体、制度改正等によって異なります。個別の税務判断については、税務署または税理士へご確認ください。