退職金は、一時金で受け取るのが得なのか。それとも年金で受け取るのが得なのか。
連載で行った3つの試算を並べると、同じ金額でも受け取る時期によって答えが逆転しました。
同じ500万円で、結論が逆転しました
連載「退職金の受け取り方を考える」では、この問いを5回にわたって試算してきました。
そこで分かったのは、同じ金額でも、受け取る時期によって答えが逆転するということです。
控除を超えた500万円を、65歳から企業年金で受け取ると、一時金より不利になりました。ところが、同じ500万円を60歳から64歳までに受け取ると、今度は一時金より有利になりました。

「一時金と年金、どちらが得か」という問い自体に、全員共通の答えはありません。
この記事では、連載で行った3つの試算をまとめて並べ、ご自身の受け取り方を決めるための順番を整理します。
3つの試算を、一枚に並べる
連載で行った試算は、次の3つです。いずれも夫60歳・妻57歳、勤続35年、福岡市在住、再雇用の給与年300万円という共通の条件で計算しました。
| 試算 | 試算した内容 | 額面 | 税金・社会保険料 | 手取りで有利なのは |
|---|---|---|---|---|
| ケースA(第2回) | 退職金1,800万円を、全額一時金と全額年金で比較 | 年金が約204万円多い | 年金の方が約340万円多い | 一時金が約137万円多い |
| ケースB(第3回) | 退職金2,350万円。控除を超えた500万円を65歳から10年間の企業年金で受け取る | 併用が約115万円多い | 併用の方が約182万円多い | 全額一時金が約68万円多い |
| ケースC(第5回) | ケースBと同じ500万円を、60歳から64歳までの5年間で受け取る | 年金が約30万円多い | 年金の方が約13万円少ない | 企業年金が約44万円多い |
※ケースAは退職金全体の比較、ケースBとケースCは控除を超えた500万円部分の比較です。
※「税金・社会保険料」は両者の差です。ケースBでは、併用側の追加負担が約223万円、全額一時金側の税金が約41万円で、その差が約182万円になります。

ケースBとケースCは、まったく同じ500万円です。違うのは、受け取る時期だけ。それだけで結論がひっくり返りました。
なぜ、結論が逆転するのか
理由は3つに整理できます。
一時金の課税は、一度だけで終わる
一時金で受け取る退職金は、税制上「退職所得」として扱われます。勤続年数に応じた退職所得控除があり、控除を超えた部分も、その半分だけが課税対象です。
そして重要なのが、退職所得は原則として国民健康保険料や介護保険料の算定対象にならないことです。税金を一度納めれば、その後の負担には影響しません。
年金は、毎年の所得として積み上がる
一方、企業年金を年金形式で受け取ると、公的年金等に係る雑所得になります。
受け取っている間は毎年の所得が増えるため、所得税・住民税だけでなく、翌年度の国民健康保険料、介護保険料、75歳以降は後期高齢者医療保険料にも影響します。

ケースBで負担が約223万円も増えたのは、この積み上がりが理由です。内訳は、介護保険料が約91万円、国民健康保険料が約78万円、住民税が約45万円、後期高齢者医療保険料が約9万円。税金より社会保険料の方が大きいという点は、あまり知られていません。
65歳前に働いていれば、保険料には響かない
ケースCで結論が変わったのは、ここです。
60歳から64歳まで勤務先の健康保険と厚生年金に加入して働いている間は、社会保険料は原則として給与と賞与から決まります。企業年金を受け取っても、それだけで在職中の保険料が増える仕組みではありません。
さらに、公的年金をまだ受け取っていない時期であれば、公的年金等控除(65歳未満は最低年60万円)を企業年金に使う余地があります。
つまり、年金受け取りが不利になるのは「公的年金と重なったとき」であって、年金形式そのものが不利なわけではないのです。
判断の順番——5つのステップ
ここからは、実際に決めるための手順です。上から順番に確認してください。
ステップ1:勤務先の制度で、何が選べるかを確認する
意外に見落とされがちですが、すべての会社で自由に選べるわけではありません。
一時金だけの会社もあれば、年金との組み合わせが可能な会社もあります。受取期間を5年・10年から選べる会社もあります。まず、この確認をしないと比較すら始まりません。
退職時に受け取るお金は、一つとは限りません。会社の退職一時金、確定給付企業年金(DB)、企業型確定拠出年金(企業型DC)、そしてiDeCo。それぞれについて、次の4項目を一枚に書き出してください。
- 制度名
- 受取見込額(一時金の場合、年金の場合それぞれ)
- 何歳から受け取れ、いつまでに決める必要があるか
- 計算の基になる期間(勤続年数、加入期間、掛金を拠出した期間)
これは50代のうちに確認しておきたい内容です。案内が届いてから短期間で決めようとすると、勧められた方法をそのまま選ぶことになりがちです。
詳しくは第1回「退職金は、受け取り方で手取りが変わる」、第4回「退職金とiDeCo、まとめて考えないと控除で損をすることがある」をご覧ください。
ステップ2:退職所得控除に収まるかを計算する
勤続20年を超える場合の退職所得控除は、次の式で計算します。
800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)

勤続35年なら1,850万円です。退職金がこの範囲に収まるなら、一時金で受け取っても所得税・住民税はかかりません。ケースAで退職金1,800万円に税金がかからなかったのは、このためです。
ここで結論が出る方も少なくありません。控除に収まるなら、一時金で受け取ることを基本に考えてよいでしょう。
詳しくは第3回「退職所得控除を超えたらどうする? 一時金と年金、どちらが得か」をご覧ください。
ステップ3:控除を超えた分は、「いつ受け取れるか」で判断する
控除を超えた場合、「超えた分は年金に回せば税金がかからない」と考えたくなります。しかし、ここが今回の連載でいちばん強調したい部分です。
判断の分かれ目は、その年金をいつ受け取ることになるかです。
- 公的年金が始まった65歳以降に受け取る場合(ケースB)……公的年金に上乗せされ、毎年の所得が増えます。住民税、国民健康保険料、介護保険料が上がり、今回の試算では一時金の方が約68万円多く残りました。
- 60歳から64歳まで、社会保険に加入して働きながら受け取る場合(ケースC)……在職中の保険料は給与から決まり、公的年金等控除も使えます。今回の試算では企業年金の方が約44万円多く残りました。
ケースCを選べるのは、65歳まで継続して働き、勤務先の健康保険と厚生年金に加入し、なおかつ制度上60歳から企業年金を受け取れる方に限られます。誰にでも当てはまる方法ではありません。
なお、公的年金等控除の最低額から逆算した「年60万円×5年=300万円」という数字を目安として耳にすることがありますが、これは損益分岐点ではありません。ケースCでは年額が約106万円と60万円を超えていますが、それでも企業年金の方が多く残りました。目安として使うのはよいのですが、超えたから即不利、とは考えないでください。
詳しくは第3回「退職所得控除を超えたらどうする? 一時金と年金、どちらが得か」、第5回「企業年金はいつ受け取る?働きながら受け取る選択肢もある」をご覧ください。
ステップ4:iDeCo・企業型DCとの重複を確認する
2026年1月から、確認すべき点が一つ増えました。
会社の退職金と確定拠出年金(企業型DC・iDeCo)の両方がある場合、勤続期間と掛金を拠出した期間が重なっていると、退職所得控除が二重に使えないよう調整されます。
これまでは、確定拠出年金の一時金を先に受け取る場合、前年以前4年内に受け取った退職金が調整の対象でした。そのため「5年空ければ避けられる」と言われてきました。
しかし2026年1月1日以後に確定拠出年金の一時金を受け取る場合、この期間が前年以前9年内に延長されています。いわゆる「10年ルール」です。60歳で確定拠出年金、65歳で退職金という形にしても、5年空けるだけでは調整を避けられなくなりました。
逆に、会社の退職金を先に受け取る場合は、前年以前19年内がさかのぼって確認されます。iDeCoの受給請求は原則75歳までですから、60歳で退職金を受け取った方が受取時期を最大まで遅らせても15年。19年には届きません。
受取時期をずらして調整を避ける、という発想は、多くの方にとって現実的ではなくなったとお考えください。
その代わりに有効なのが、掛金を拠出し続けることです。60歳以降も継続勤務して厚生年金に加入していれば、原則として65歳未満までiDeCoの掛金を拠出できます。掛金を拠出した期間が延びれば、控除の計算に使う期間も延びます。2026年12月からは、一定の要件を満たす方について加入可能年齢が70歳未満まで引き上げられる予定です。
詳しくは第4回「退職金とiDeCo、まとめて考えないと控除で損をすることがある」をご覧ください。
ステップ5:受け取った後の置き場所を決める
受け取り方が決まっても、そこで終わりではありません。まとまったお金が入った直後こそ、慎重になりたい時期です。
退職金は、次の三つに分けて考えます。
| お金の役割 | 主な用途 | 考え方 |
|---|---|---|
| 近い将来に使うお金 | 住宅修繕、車、旅行、子どもへの支援 | 値動きの大きな商品を避ける |
| 生活を守るお金 | 生活費、医療・介護、緊急時の備え | すぐ使える預貯金で確保する |
| 当面使う予定のないお金 | 長期の資産運用に回せる資金 | 目的・期間・リスク許容度を確認する |
投資を考えられるのは、上の二つを確保した後に残るお金だけです。
リスクを考えるときは、割合ではなく金額で捉えてください。「20%下がるかもしれない」ではピンときませんが、2,000万円を運用して20%下落すれば400万円、50%下落すれば1,000万円が減ります。その金額が減っても生活を変えずに持ち続けられるか。こう考えると、自分の許容度を実感しやすくなります。
詳しくは番外編「退職金が入ったら、すぐ投資していい?まとまったお金の活かし方」をご覧ください。

手取りが最も多い方法が、人生の正解とは限りません
ここまで、手取りの比較を中心にお伝えしてきました。
ただ、最後にお伝えしたいことがあります。
これまでご相談を受けてきた方には、60歳を過ぎたらフルタイムで働き続けるのではなく、働く時間を減らし、これまでの貯蓄を活用しながら生活したいという方が多くいらっしゃいました。
そのような方に、税金や社会保険料を減らすためだけに、望まない働き方を続けることを勧めるつもりはありません。
ケースCで企業年金が有利になったのは、60歳から64歳まで社会保険に加入して働き続けることが前提でした。数十万円の差のために、望まない働き方を選ぶ。それが本当に良い選択かどうかは、また別の問題です。

まとまったお金を持つと使いすぎてしまうから、あえて年金を選ぶ。この判断にも、十分な合理性があります。
大切なのは、損得を知らずに選ぶことでも、損得だけで選ぶことでもありません。複数の選択肢を理解したうえで、自分が望む生活に合う方法を選ぶことです。
退職金は、税金を最小限にするためのお金ではありません。これからの人生を、自分らしく安心して暮らすためのお金です。
まとめ:連載の全体像
| 回 | タイトル | 内容 |
|---|---|---|
| 第1回 | 退職金は、受け取り方で手取りが変わる | 一時金・年金・組み合わせの基本と、税金だけで判断できない理由 |
| 第2回 | 額面は年金が多いのに、手取りは一時金が多かった | 退職金1,800万円のモデル試算。額面と手取りの逆転 |
| 第3回 | 退職所得控除を超えたらどうする? 一時金と年金、どちらが得か | 控除超過分を年金に回した場合の、社会保険料まで含めた比較 |
| 第4回 | 退職金とiDeCo、まとめて考えないと控除で損をすることがある | 複数制度の整理方法と、2026年からの「10年ルール」 |
| 第5回 | 企業年金はいつ受け取る?働きながら受け取る選択肢もある | 60〜64歳に受け取るモデル。受取時期による逆転 |
| 番外編 | 退職金が入ったら、すぐ投資していい?まとまったお金の活かし方 | 受け取った後の分け方と、投資を考える順番 |
退職金の受け取り方は、退職の直前に慌てて考えるものではありません。勤務先の制度と、自分が選べる受取方法を確認するところから始めてみてください。
なお、より広く家計から考えたい方は「ライフプランは、家計管理の延長にある」もあわせてご覧ください。
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退職金が入ったら、すぐ投資していい?まとまったお金の活かし方
参考資料
- 国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」
- 国税庁「No.1600 公的年金等の課税関係」
- 国税庁「No.2732 退職手当等に対する源泉徴収」
- 厚生労働省「iDeCoの概要」
- 厚生労働省「2025年の制度改正」
- iDeCo公式サイト「給付について」
※本記事で紹介した試算は、2026年度の税制、福岡市の国民健康保険料・介護保険料率等が今後も変わらないものとして計算したモデルケースです。実際の税額、社会保険料、企業年金の受取条件は、勤務先、所得、家族構成、居住自治体、制度改正等によって異なります。個別の判断にあたっては、勤務先の制度をご確認のうえ、必要に応じて税務署、自治体、税理士等の専門家へご相談ください。